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株式会社田中俊行建築空間設計事務所は、用途・規模・構造を問わず、あらゆる建築作品を設計する事務所です。

第7回渡航2010年2月17日(水)~22日(月)

第1日目

9時半
タクシーを急がせ釣りをもらわず竹芝桟橋着。

昨晩、断れずに遅くまで酒を飲んでしまい、遅刻してしまった。
自分の荷物で何を忘れたかの確認もできていない。
受付を済ませ、乗船する。

ターミナルには意外と多くの人であった。
そういえば乗船前、ハンプティダンプティの妹さんから挨拶された。
満室といわれ他の宿に泊まると告げる。


9時40分
入室すると私と同年代の男性がおり、彼も仕事で渡航だと聞く。
お互い気を遣わずに仕事を始める。


10時
出航。

実は初めての渡航で船がどれくらい揺れるのか、25時間も何をしていれば良いのか不安だと告白される。
とりあえず東京湾内はほとんど揺れないから、その間にすべてを済ませることが大事…とベテランのようなコメント。

おそらくこの男性と今宵は酒を飲む事になるのだろう。


10時半
山のようなメールにウンザリしながら外を眺める。
携帯の充電を忘れていたが、このままオフでも良いか…と。


13時
朝飯も食べていないが昼飯も抜き。
少々体調が悪いので、早く仕事をすませて横になりたいと思う。


14時
黒潮越えで船が揺れ始める。
これを機に横になる。


18時
少し寝てしまった。
外は暗く、腰は痛くなっていた。

数度起きて船内を徘徊するが、どうも頭が痛く、寝すぎなのかもしれないが、どこまで寝ていられるか、試すこととする。

寝ダメを楽しむ。


26時
これだけ横になっているのは、病気で寝込んだ時以来か。
その時はいつだったか思い出せない。
病気せずにここまで働けているのは誰かに感謝せねばならない。

それにしても寝ることがここまで苦痛に感じるとは贅沢だ。


第2日目

7時
布団の中で時計とニラメッコ。
7時半の目覚ましで起きる予定だったが、我慢できずに起床。

かなり腰と背中が痛い。


7時半
数度渡航しているが、初めて船のシャワーを浴びる。

幸い船の揺れはほとんどなく、裸で転倒するなど恥さらしにはならなかった。


8時
部屋に戻ると、同部屋者がもう我慢できないと笑いながら起きてきた。

二人で朝食を食べる。
彼はもう二度とこの船には乗らないと苦笑い。

父島から帰る時には逆の事を言っているだろう。
それだけ魅力的な島であることを仕事で来させられた彼はまだ分かっていない。
特に説明する気もなく、“どこに泊まるのか”や“どこで飲むか”などの世間話。

そういえば乗船時に今宵は彼と飲むだろうと思っていたが、私の具合が悪く、それは実現されなかった。


8時半
そういえば、今回の船室は1号室。
最上階デッキレベルで操舵室の隣。
壁の向こうでは徹夜で操縦しているのだろう。

彼らの分まで寝てしまった気がして、少々申し訳ない気がしないでもないか。
………と思ったら到着が30分遅れるとアナウンス。
こんなに揺れのない海での操縦で、30分遅れとは何事か。

寝ながら運転でもしていたのかと壁に向かって笑顔の二人。


9時
天気があまり良くないように見える。
今日、明日は足場に登って検査せねばならんというのに…。


10時
聟島列島確認。

写真を撮る程の天気ではない。


11時
テレビをつけるとオリンピック中継。

南国へ行くのに雪や氷は似合わない。
日本選手の惨敗を僅差という表現に変えるのは、スイッチオフする理由となる。


12時
雑談をしていたら到着してしまった。
今回は父島タクシーのお迎えを見物できなかった。


12時10分
適当な挨拶を交わしてお別れ。

狭いからきっとまた会いますよ…と別れ際。


12時15分
お出迎えでの知人は増え、照れ笑いしながら、今回初めて泊まる宿のお迎え場所へ。

挨拶を交わすも遠くから呼ばれ、荷物だけ預かってもらう。


12時30分
宿着。

失敗した。
クーラーがない部屋であった。

13時15分に迎えに来てくれることになっており、急いでカップラーメンをススル。


13時
「田中先生いますか~」と親分の声。

こんな観光客用の宿で、このコメントはご法度だろうと出ていくと、知っていたかのように笑顔で挨拶。
少々身支度を整えるのに待ってもらっていると、宿のご主人と田中の話。


13時10分
これ以上話をされないようにと急いで外へ出る。

宿のご主人に「いってらっしゃいませ田中先生!」と言わた途端、雨が降ってきた。

現場までは徒歩30秒。
これから役所に行く前の打ち合わせなので、淡々とすませ役所へ移動。


13時半
打ち合わせ開始。


14時
現場へ移動後、説明。

ドシャブリの雨。

打ち合わせ終了。

明日は9時に現地集合とし別れる。
父島写真07-01


14時30分
2つ目の現場へ。

現場には車で送迎してもらうが、到着するもやはり作業員はいない。

電話をし、どこにいるのと聞くと雨宿りという。
「すぐに行きます。」と言われ電話を切ると、3分もしないうちに現れた。

現場のチェック、質疑応答をすませ、会社へと向かう。

島の人々はノンビリだから工期の遅延を何とも思っていない。
工期の修正の為に、私がメーカー等に連絡し、納期の短縮等の交渉をする。


18時半
打ち合わせ終了。

住宅の施主の所へ急ぎ足。


18時50分
忙しそうにしていたので、明後日には必ずお会いし現地視察する約束をする。
別れ際、「今日もあの店行きますから。」というと彼も来るという。


19時
宿に戻り、メールチェックなど。

書類を溜めるのが好きではないので、今日までの書類はすべて今日の内に終わらせた。

途中、網戸の外から「田中先生、○○○」と宿のご主人から話しかけられる。
この宿は間仕切り壁がアコーディオンカーテンで、船内のような2段ベッド。
声はツツヌケだが、窓を開けると海辺の音。

明日になったら気に入っているかもしれぬ…。


20時15分
会社に連絡すると“ヤボヨウ”を頼まれそうなので、静かに準備をしてあの店へ向かう。


20時30分
あの店に到着。

「おかえりなさい。」と言われたまでは良いとして、次に出た言葉が「また太ったんじゃない?」と偶然出くわしたカメ店長。

笑いながらテキトウニかわし、何時ものように焼酎を頼む。
酔っぱらう前にお土産のフリクションボールペンを渡すと、少年のように喜んでいた。


21時
このボールペンに店員が集い、内地では当たり前のヒット商品を物珍しそうに皆で眺める。

他の客に自慢するまでの騒ぎよう。


22時
「仕事をしろよ~」と言いたくなるくらいこのボールペンで会話が弾む。


22時半
住宅のお施主さんが登場。

島の事情から再来年度工事になったと嘆く。
私からすれば、設計期間が1年になった喜びであったが。

とにかくゆっくりこの建築を成功させようと合意。
あとは冗談を言いながら酒を飲む。


24時
明日は早くから現場立会なので、今日はこの辺でというがなかなか帰れない。


24時半
逃げるように宿へ戻る。


24時45分
メールチェックしているとアコーディオンカーテンの向こうの宿泊客が帰ってきた。
ものすごい音とともにベッドへ横になり、10分もしないうちに大きな地響き。

ガッカリダ。
明日から他に泊まろうかと真剣に考えながら、今日は寝ることとした。


第3日目

7時
起床。

お隣さんのイビキがうるさく、気持ちよく目覚められなかった。
シャワーを浴びてから朝食。
朝食は宿から少し離れた食堂い依頼していると聞く。
オーナーの奥様に連れられて移動。

この宿は若い子が多く訪れるからか、壁のあちらこちらに張り紙がある。
扉は閉めろだの靴はここで脱げだの、気持ちは分かるが、ここでA型気質は似合わない。


7時半
朝食を得る食堂。
席に着くが、強引に喉を通した感じだ。


7時45分
宿へ帰る前にほんの少し寄り道をして、今回の渡航で契約をする現場へ足を運ぶ。

行くと親分の親分が作業服+ヘルメットで見回りをしていた。
こういう一面もあるのかと少々感心していると、当然、話しかけられ素人ではない口調で、語尾だけ敬語。

彼の部下が会話に入ってきたので、隙を見て脱出。


8時15分
宿に戻りメールチェック。
この時間は迷惑メールしかなかった。


8時30分
打ち合わせ現場はいつも遠回りする浜辺に面しているので、曇り空ではあるが写真を一枚。

現場にて施工会社へ指示事項を伝え支庁へ移動。
父島写真07-02


9時
施主との打ち合わせ。

契約書などの書類やり取りがあり、午前中に訂正しないと今回の船で間に合わないと笑顔で脅される。

その他、設計打ち合わせは慣れたもので円滑に終える。


10時
現場から連絡あり。
現地にて質疑応答。

その後、親分の会社で、材料試験に立ち会う。


11時
宿にて書類の訂正。
データはあるが、これをどこで出力するかが問題。


11時15分
実は小笠原の昼休みは11時半から13時。
親分の会社までは走っても間に合わない。

残り15分でお願いできるところは観光協会くらいかと走る。


11時20分
窓口で断られる。

2回頼んだが断られる。

3回目は少しだけ大きな声でお願いすると、後ろから上司が来てくれた。
理由を話すと特別にと了解してくれた。

時間がないので丁重な礼は伝えられなかったが、支庁へ走る。

途中、あの店の女性店員が道路工事の旗振りをしていたが、笑顔だけで通り過ぎる。
今晩、笑われるであろう。


11時25分
汗だくになって担当者の前に立つ。

「どうしたの?」という顔をされたが、こちらは「必死だよ~」という顔。
ホチキスと朱肉を借りて書類作成終了。

間に合って良かった。


11時30分
現場へ戻るともう誰もいなかった。

昼飯でも探すかと歩くが、閑散としたメインストリート。
店も開けているところがほとんどなく、スーパーの弁当もほとんどない。
父島写真07-03

父島写真07-04

仕方なく、余分に買っておいたカップラーメンを食す。
ここまできてカップラーメンかと思うが、道路越しのバルコニーで食べるカップ麺は、美味かった。


13時
散策ついでに住宅の施主の奥様のアクセサリー店を覗く。
やはり昼休みは開いていない、外から眺める。


13時15分
何気に今回の渡航は面白さがなく、この日記を記していてもキレもなにもあったもんじゃない。

何かを改善せねばと思うが、宿の奥様から誘われた「さよならパーティ」も断ってしまった。


13時30分
現場へ。

今回の宿の良さは現場の一つが目の前であること。

バルコニーのテーブルは私の書斎となる。
行き来には1分もかからない。
父島写真07-05


14時半
親分の子分とやり取りで、敏速かつ柔軟に対応してくれるので嬉しく思う。
次の現場へも車で送迎してくれるという。

ただ、これが今回のキレのなさを象徴している。
車で現場から現場へというのは人と動物と植物との出会いを削いでしまう。

腰の痛みがなければ歩ける距離なのだが、明日は歩けるよう腰が良くなればと願う。


15時
次の現場着。

疲れたなぁ…と思いながら、視察を終える。
父島写真07-06

父島写真07-07


16時
宿まで送ってもらってしまった。

宿へ戻ると、デスクでメールチェック。
これから支庁に行かねばならないのだが、宿の方々は私が仕事を終えて戻ってきたと思っている。
父島写真07-08

「お風呂入ってください。」というやさしい女性のコメントはありがたいが…。
何かが今までの宿と違うと感じている。

とりあえず、仕事は残しているが、散策に出て気分転換をしよう。


16時半
外出、とりあえずフラフラしようと思う。

奈良の白鹿さんへのお礼に、父島産物を送るよう農協へ。


16時40分
17時に書類を取りに来いといわれた支庁へ…少々時間前だが。

担当者と目が合うと、笑顔で書類を渡してくれた。
こんな小さな島で、走って書類を持ってくる馬鹿は私くらいだろう。

その印象が強いのか、「もう覚えたよ!」と言われたような笑み。


16時50分
宿に戻って仕事をせねばならないのだが、荷物を置いて再度外出。


17時
薄暗く、一羽の鳥が私につきまとうのは見慣れた光景。

浜辺に座り持参した本を読む。
風がページをめくりたがる。
本を読むなということか。

ならば…と歩き始めるも、この季節は寂しい限り。
歩き続けると自衛隊の立ち入り禁止看板。
看板越しにニラム白ユニフォーム。

これはこれはと引き返す。

風も強く、波音も大きく、珍しく肌寒い。
しゃぁない…と宿へ。


18時
残した仕事をしていると、観光客が騒ぎ出す。

ダイバー仲間になったらしく、かなり男女が盛り上がっている。
ミミセン代わりにテレビを付ける。

また織田君が泣いていた。
この子は泣き顔しかみたことがない。


19時40分
くだらないテレビを消して少し散歩に出る。

仕事は片付いたが、何故かまだ酒を飲む気分ではない。


20時
適当に歩いて会社にも連絡したりとした後、何時もの店に入った。
忙しそうで適当な挨拶しかできず、私は一人で飲み続けた。

何か今回はオカシイ渡航である。
そう思いながら、店員に気を遣わせまいと思う気持ちもあり、適当な会話はしたのだが、どうもしっくりこない。
この理由は帰るまでに分るのだろうか。

己の心に汚れた何かがあるのかもしれない。
1年以上通った父島は、「おごれるもの久しからず」と言いたいのか。
父島写真07-09


22時
カウンターに常連さんが来たところで、会計を頼む。

昨晩からの酒の量は1升にも達しない。
私には珍しいアルコール摂取量だ。
ほとんど食べないで飲むので、会計は2000円程度。

夏目漱石を2人渡し、「釣りはいらないからアイスでも買って。」と言うと、カメ店長が心配そうに私に近寄る。

何が理由か分からなかったから、適当にゴマカシテ帰った。


22時半
「明日は来れない。」と告げたので、カメ店長が玄関を出てもついてきた。
「また3月に来るから。」と言ったのだが、私の対応で変に思われることがあったのか。


22時40分
宿に到着。

もうお隣さんはイビキを楽しんでいた。
この疲労はお前のせいだとイタズラしてやろうかと思ったが、それも疲れるので、寝ることにした。


24時
静かに消灯となる。


第4日目

7時
起床。

ベッドで30分間時計とニラメッコをしてから起きた。
部屋の外には観光客がダイビング等、クルーザーに乗る準備でうるさい。
………というか私のような客の方が迷惑だろうと申し訳なく思う。


7時15分
直ぐに朝食をとりに食堂へ歩く。
「短パンで寒いでしょう。」と声をかけられ、会釈をした。


7時20分
食堂には建設土木作業員ばかりだった。
飯場のようで大阪府警の現場時代を思い出した。


7時45分
ゆっくりと朝食を済ませ、宿に戻りシャワーを浴びて身支度と整える。

部屋に戻るとメモあり。
親分の子分が来訪されて電話が欲しいと。


8時半
メールチェック。
今日も迷惑メール以外はなかった。


9時
現場へ歩く。


10時
宿に戻ると手際よく報告書を持参してくれた。
昼まで宿のバルコニーで事務仕事。


11時半
今日もカップラーメンというのは嫌なので、売り切れる前に弁当を買いに行こうと席を立つ。

目の前に宿で働く女の子がいたので、何処の弁当が上手いのか聞いてみた。
2回目の渡航で上手くハメラレタ店を最初に勧められた。
まさかこいつまで…と笑顔で怪しんでいたら、昨晩あの店で教えてもらった弁当屋を口にした。

山の上の現場の途中にある弁当屋であるが、二人から勧められたらやはり美味いのだろうと急いで向かう。


11時40分
いつも通るショートカットトンネルは工事のため全面通行止め。
海沿いを歩くが、2月は肌寒い。
父島写真07-10

父島写真07-11


11時50分
到着。

少し外れにある有名店なので、私のようなヨソモノが訪れると、ジロジロ見られる。

弁当は残り10もないくらいだった。
その中で迷っているのは私くらいで、後に並ぶ人々がイラついているので、一番近くにあったチキンカツ丼を選択。


12時10分
宿に戻り、女の子に礼をいい、弁当を食べた。

味は美味しいのだろうが、この弁当で735円は田中プライスではない。


13時
住宅の施主から電話が来る事になっているが、その前に食後の散歩。

よく見ると珍しい花ばかりで、思わずカメラを取り出す。
父島写真07-12

父島写真07-13

父島写真07-14

あの店の店員が旗振り、今日は二人で。
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13時30分
携帯がなり、奥様のお店の前で待ち合わせ。


13時35分
店の前で初対面の奥様と息子さん。
この家族の為に、建築家として人生の一部を捧げる決意をする。

車に乗り込み現地へ。

錆だらけの軽自動車で、後ろにはサーフボード。
2速ギアで強引に坂道を登るも「勘弁してくれよ」とエンジン音。


13時40分
小さな繁華街から少し離れた山の中腹。
舗装された道路はまだない。

草をかき分け小道を進み、ここが敷地だと手を広げる。
海も空も大地も美しい。

こんなところに建てさせてもらって宜しいのか…。
幸い設計期間はあと1年。


14時
近くに造成された住宅群があるのでとその見学を車内から。

地染めの工場を見学し、これを住宅内に組み込みたい等々…話しながら店の前に戻るのはあっという間であった。


14時30分
奥様の店を見学していると、その地染めTシャツが置いてあり、「これをください。」というと、来年の3月まで売ってはならないと言われ、持って帰るようにと差し出された。


15時
申し訳ないという気持ちはあったが、これを手に右脳が活発に動き出したのを自ら感じた。

「3月にまた来ますので。」と挨拶を交わし、宿へ向かう。


15時半
宿へ戻ると「さよならパーティ」の準備。

部屋へ入り、今日の話しをメモしていると、外から声がし、「3時のおやつをどうぞ」と。

戸を開けると、カンパチの刺身とみりん干し。
ご主人が釣ってきたから「宜しければ…」と言われ、「贅沢なおやつですね」とありがたく頂戴する。

今回の渡航で、初めて美味い物を食べた気がした。
でも今日の夜は仕事仲間と飲む約束をしており、強引に勧められたおかわりを、「夕飯食えなくなるぞ」と力ずくで阻止。
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16時
事務仕事を終え、今日は土曜日だという言い訳と共に外に出て散策。

父島の2月は肌寒い。
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16時半
シロワニのアジト。
「出て来い、出て来い!」と念じていると、知らぬ人から声をかけられた。

誰だっけなぁ…と脳みそをグルグルかき回してみたものの、誰だか分らないまま会話を終える。

帰りに「宿まで乗せて行ってあげようか」とまで言われたが丁重にお断り。
酒の席で会った人か、現場で会った工事の関係者か。


16時40分
海洋センターの看板に迷子猫のチラシ。
こいつらこの前、日向ぼっこしてた奴らじゃないか。
何やってんのよと指を指して笑ってやりたかった。
父島写真07-20


17時
波音を聞きながら文章を書いていたら、ある光景に目が止まった。

2匹の兄弟のような犬が飼い主とフリスビー。
一匹は優秀で華麗にエアキャッチ。
もう一匹はあともう少しで取れそうなのに、一度も取れない。
優秀な犬は飼い主の周りを回り、飼い主のご機嫌取りが上手。
取れない犬は子供にちょっかいを出してキャーと言われたり、優秀な犬の邪魔をして飼い主から怒られる。

私は後者の方が断然好きだ。
あまり怒られるようであれば、連れて帰ってやろうか。
そもそも犬は人間が押さえつけるものではない。


18時
こんな光景を見ていたら、すっかり暗くなり、文章を書いていたつもりが、ゴミを増やしただけだった。

宿に戻ると「お別れパーティ」は始まっていた。
本当に申し訳ないと思う…こんなビジネスマンの来る宿ではなかった。

宿の方々も私に気を遣うが、その行為がまた申し訳なく思う。
「早く出て行きますから」と言ったのだが、待ち合わせは20時。

先に店に行って飲むかと静かに宿を出る。


18時半
宿を出る。

今日はいつもと違う店だが、前回も訪れたちょっと高級な店。
待ち合わせをするも相手は訪れず、店長としゃべるとこの席に、TOKIOの山口達也が座ったという。

幼い頃から中学の陸上部まで彼と一緒だったというと店中に広まり、大盛り上がりの火付け役となってしまった。

店長も「今夜は飲むぞ」とアクセルをフカス。


20時
飲み相手が到着した頃には、かなりの盛り上がりで、遅刻した事が恥ずかしそうであった。


21時
店長を連れ出す為に、隣の兄弟店へ移動。
そこに泥酔した知り合いがいたが、構わず騒ぐ。


21時15分
「さすがにまずいだろう…」と店を移動。
店長が店の店員も連れてきた。
カラオケ付きの飲み屋。

楽しい時を過ごす。


25時
おそらく島に唯一ある、女性が接客する店の店員集団が入店。
待ち合わせをしていただろう若い男の子集団と一緒に騒ぎ出す。
もう限界と店を出る。

若い子を避けるようになるのは年齢のせいか。


25時半
宿に戻り、床に就く。


第5日目

7時
起床。

7時半までに食事をすませ、8時までに身支度を整え、10時までにチェックアウト。


10時
荷物を置いて外出。
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歩いていると何時もの鳥が、私の目の前を横切り驚かす。
軒にとまり、笑っているようにクチバシを樋にこすりつける。
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10時15分
ある方が散歩中の私を見つけ車から降りてきて、土産は何がいいかと早口。
適当に挨拶をして別れると、何度も私の前を車で往復する姿。


10時半
別の車が止まり、親分が降りてきた。

「今、農家に行ってお土産をもらってきた!」と袋一杯にスターフルーツ。
「事務所のスタッフと食べろ。」と手渡される。
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10時50分
いつも通らない道を歩き、油庫へ到着した。
特になにもないが、これを見ると太平洋戦争を想う。
父島写真07-26

沖縄の基地問題は、早く解決して欲しい。
県外に移設してあげないと沖縄の方々に申し訳ないと思う。
関空がだめなら羽田でも成田に移設でも良い。


11時
最初に泊まったシルバームーンを素通り、相変わらずだ。
前回まで泊っていたガジュマルを通過、なんか静かそうにみえる。

何時もは何度もお会いするのに今回の渡航では一度もお会いできていない。


11時10分
大神山神社の階段に到着。

2匹の猫がトオセンボウ。
階段を降りてきて、私の前で正座。
「なんだよ。」と聞いてもただ私の目を見ているだけ。

腰痛が酷いのなら登るのをやめとけという事か…と。
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11時30分
宿に戻ると、ある方から土産が届いていた。
ありがたい。


12時
最後の飯でも食らうかと外に出る。

昨晩飲んだ方達とバッタリ遭遇。
一緒に食べるかといわれ3人で店に入る。
「絶品タンメン」を注文し、待つこと20分。
絶品とまではいかぬが、普通に美味かった。

しかし750円は田中プライスではない。


13時
ある程度の仕事の話もでき、店を出ようとすると、行きの船で同部屋だった方が食べていたので、肩に手を置く。
驚かれたが、満面の笑みであった。

仕事も順調で明日から母島だと聞く。
「良かったですね~」と笑顔でお別れ。


13時15分
宿に戻ると「車に荷物を入れろ」「記念写真を撮る」と観光客御接待。
写真撮影後、泣き出す女の子はエンエンと声を出していた。
誰も同情せず、そのわざとらしさに興醒めしていた。

今回の宿泊先は、宿の方々に申し訳なく少々失敗であった。
深々と頭を下げて車に乗る。


13時30分
二見港着。

嘘泣き女と一緒に思われたくないので、早歩きでチケット窓口へ行き、手続きを済ますと直ぐに乗船した。

途中、カメ店長の店の女性店員から手を振られる程度。
ただ小笠原の住民の踊りが披露されており、しばし足を止めた。
父島写真07-32


14時
出航。
父島写真07-33

宿泊先の従業員が横断幕を掲げる。
何時も見ていた光景だが、自分の宿泊先がやっていると思うと、少々恥ずかしかった。
父島写真07-34

声をかけられぬように目をそらしていると、カメ店長の店員が私の名前を大声で叫ぶ。
苦笑いの後、目をそらすと行きの船で同部屋だった方。


14時10分
何時ものように見送り船がついてきて、何時ものようにダイビングと思っていたら船の向こうに黒い影。
父島写真07-35

クジラであった。
しかも何度も何度も繰り返し現れ、潮吹きも数度。
こんな感動的な見送りは今までにない。

ただ隣のオバサマが騒ぎ出したのでその感動は半減した。

無償のホエールウォッチングは2度目。
カメラに収められなかったことを後悔。
しかしあのクジラは港へ向かっていたようで、迷い込んで大変なことにならないと良いが…。


14時30分
部屋に戻ると私の荷物しかなく、貸切状態となってくれた事に喜んだ。


15時
………とはいえ、特に何をするわけでもなく、一人の部屋は遠慮なくクシャミができる程度。

風邪をひきそうな寒さに少々横になろうと思う。


19時
行きの船で寝すぎたこともあり、なるべく起きていようと読書をすることに。
帰りの船も1号室、隣は操舵室。

グダグダと時を過ごし知らぬ間に寝てしまった。


第6日目

7時
起床。


7時半
予定通りの到着予定と船内アナウンス。

おそらく今日は何も起きないだろうと思い、帰ってからやる仕事と宴の事を考えていた。

気になるのは昨日のクジラくらい。


10時
昨日の昼から何も食べていないぞと胃が警告。
買っておいたカップラーメンを食す。


10時半
仕事開始。

おそらくこのまま出張日記は終わるであろう。
島での物件数も増え、バタバタのまま出張を終える感じであり、いささかこの文章を読み返すと面白みに欠ける。

実は島の内情も少しずつ分かってきて、東京都が支援せねばなかなか島が成り立たない側面もある。
内地と同じような様々な問題も起きている。

工事現場の遅延にも、いろいろな理由があるようだ。
強引に工程を修正したが、それが本当に正しいことだったか否か。
建設土木の会社は民主党政権で刷新され、仕事が内地でほとんどないという。

現在の公共事業が、世界遺産にする為の整備であるのならば、この島は世界遺産になる必要が本当にあるのか。
人間の醜い部分が集約された島になってはならないし、その為に田中にできることは何か…、この悩みを解くにはかなりの時間を費やしそうだ。


12時
東京湾内へ。
父島写真07-38

船長から自衛隊の潜水艦が見えるとアナウンス。

帰りの船もほとんど揺れなかった。
会社に電話し、今日は土産で宴を開くと準備・買出しを依頼する。


13時
天気がよさそうなので、外に出ようとデッキへ。
寒さに驚き、すぐに部屋へと戻る。
父島写真07-39


13時半
電波圏内に入ると、匂いを嗅ぎつけたかメールや電話が鳴るようになる。
一人部屋だから良いモノの…まるでオフィスのようだ。


15時
船が止まりそうなスピードで進む。
おそらく早く着きすぎて時間調整であろう。

もうお台場沖にいる。
早く到着しても誰も怒らないであろうに。


15時半
竹芝桟橋到着。

さっさと会社へ行き、さっさと仕事を終え、今日はスタッフと美味い酒を飲もう。


バナースペース

株式会社田中俊行建築空間設計事務所

〒106-0047
東京都港区南麻布3-19-16

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